今のビジネスパーソンはみな多忙です。特にこの時期、年末は仕事で自分を追い込み、正月は普段と違う生活リズムや食生活で逆に疲れてしまうというのもよく聞く話です。

「睡眠負債」という言葉がありますが、もっと広い意味でいえば、「疲れ」そのものが自分の体の負債といえるのではないでしょうか。

ためればためるほど利息がついて体の状態はより悪化し、栄養ドリンクでごまかして自転車操業。気づけばどうしようもないほど悪化してしまって手のほどこしようがなくなってしまっている…。

そんなことにならないよう、本特集では、疲労という負債をためこまないマネジメント術についてご紹介します。

第1回は、疲労と睡眠に関する第一人者である、東京疲労・睡眠クリニックの梶本修身院長に、疲労の正体から、日々たまっていく疲労を軽減し、回復させる方法について聞きました。今回は後編です。

▼前編はこちら

疲労をため続けると「老化」が進む。回復させる方法は「睡眠」のみ

疲労をため続けると「老化」が進む。回復させる方法は「睡眠」のみ

梶本修身(かじもと・おさみ)

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東京疲労・睡眠クリニック院長。医学博士。大阪大学大学院医学研究科修了。2003年より産官学連携「疲労定量化及び抗疲労食薬開発プロジェクト」統括責任者。大阪市立大学大学院医学研究科疲労医学講座特任教授(~2020年3月)。ニンテンドーDS『アタマスキャン』をプログラムし、「脳年齢」ブームを起こす。『間違いだらけの疲労の常識 だから、あなたは疲れている!』(永岡書店)、『すべての疲労は脳が原因』シリーズ(集英社新書)など、著書多数。

楽しい時ほど疲れていないか注意が必要

前編では、疲れを回復するためには、日中に疲れを軽減するとともに夜に質の良い睡眠をとることこそが疲労マネジメントの基本であるという話がありました。

疲れを感じていなさそうなバイタリティあふれる人もいますが、むしろ「そういう人こそ注意が必要」と、梶本先生は話します。疲労が起こる脳の部位と疲労感を感じる脳の部位が違うために、ズレが生じることがあるといいます。

旅行に行った時など、その最中には疲れを感じないけれど、帰ってきたあとにドッと疲れる……という経験は、誰でもあると思います。

人間は前頭葉が発達しているため、仕事にやりがいや達成感を感じたり、友だちと会う、旅行に行くなど楽しいことに夢中になったりしていると、発達した前頭葉によって、自身で疲労感をマスクすることができるのです。

これを“疲労感なき疲労”または“隠れ疲労”と呼びます。

人間以外の前頭葉が発達していない動物では、こうしたことは起こりません。たとえば、ライオンは狩りをしますが、眼窩前頭野で疲労感を覚えたら、おなかが空いていても狩りを中止するので、過労死することはないのです。

ですから、たとえ疲れを自覚していなくても、何かサインはないか、振り返ってみることが大切になります。

普段は歩いていけるところをタクシーに乗ろうかなと思うとか、楽しみなはずのおでかけや遊びを面倒だと感じるなど、ちょっとでもラクなほうを選びたいという衝動を感じたら、それ自体が疲労の現れです。見逃さないようにしましょう。

疲労回復には「イミダペプチド」をとるのが効果的

皆さんは疲れをリフレッシュするために、ジムに通ったり、ランニングをしたり、栄養ドリンクを飲んだりしていないでしょうか。

実は、こうしたリフレッシュ法は「どれも間違った疲労回復術です」と梶本先生。

仕事のあとにジムに通ったり、ランニングをしたりするのは、仕事で疲れがたまっているところにさらに自律神経を働かせて、疲れをプラスするだけです。

疲れがとれてリフレッシュしたと感じるのはあくまで一時的なもの。それこそが隠れ疲労の状態といえるのです。

また、栄養ドリンクには疲労回復効果が証明されている成分は入っていません。覚醒作用のあるカフェインや、気分を高揚させる作用があるアルコールが配合されていることが多く、そのため疲労が回復したように感じますが、これも“隠れ疲労”を招きます。

では、日常的に疲れをためこまないようにするには、具体的にどのような方法が有効なのでしょうか。

まず、日中に疲れを軽減できることとしては、食事があります。梶本先生が以前リーダーを務めた「疲労定量化および抗疲労食薬開発プロジェクト」で疲労を軽減する食成分について調べたところ、もっとも疲労回復(軽減)効果が高いのは「イミダペプチド」という成分だとわかりました。

これは、鶏むね肉やまぐろ、かつおなどの回遊魚に多く含まれる成分です。動物の疲労が蓄積しやすい部位に多く含まれていて、鶏では羽ばたく際に使うむね肉に、まぐろやかつおでは、泳ぐ時に使う尾びれに近い筋肉に豊富です。

イミダペプチドが疲労軽減に効く理由について、梶本先生はこう説明します。

イミダペプチドは、肝臓や血液中などで“ヒスチジン”と“β-アラニン”に分解されて脳に届いた後、脳にある酵素によってイミダペプチドに再合成されます。

抗酸化作用を持つ成分は、ほかにもポリフェノールなどがありますが、あまり持続性がないうえ、脳だけでなく体のいろいろな部位で働くため、脳に届くのはごく一部。

イミダペプチドは分解されて脳に届くため、摂取した分が脳内で再合成され、活性酸素による酸化ストレスを長時間にわたり抑制できるのです。

脳内で持続的に抗酸化作用を発揮し続けるためには、1日200mgのイミダペプチドをとることが有効で、最低2週間取り続けると、疲労軽減効果が得られます。

200mgのイミダペプチドをとるために必要な鶏むね肉は100g。手軽にサラダチキンなどを利用することもできますが、自分でゆでたり、蒸したりして食べる場合、イミダペプチドは水溶性のため、残ったスープを調味して使うと無駄がありません。

イミダペプチドの効果は疲労を回復させるものでなく、あくまで日常の疲労を軽減させるというもの。毎日、摂取することで抗疲労効果を発現します。

プラセボ(偽薬)対照で行なった臨床試験では、イミダペプチドを20mg含む「イミダペプチドドリンク(日本予防医薬株式会社)」を2週間摂取させたところ、76%の人に疲労を軽減させる効果があったことが確認されています。

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疲労軽減効果のあるイミダペプチドは鶏むね肉などに含まれている
Image: GettyImages

仕事中はこまめに休憩し、昼休みは1人でゆっくりすることが必要

日中、仕事をしている間にも疲れを軽減させるポイントがあります。まずはしっかり休憩時間をはさむこと。梶本先生は2つの理由を挙げます。

パソコンを操作するなど、同じ作業をずっと続けていると、脳のある一部分が使われ続けることになります。

すると、その部分に疲れがたまり、作業効率が下がるのです。それを防ぐには、定期的に脳を休息させることが大切です。

また、座りっぱなしの姿勢だと下半身への血流が妨げられ、酸化ストレスによって発生した老廃物が代謝されにくくなって、疲労感が濃くなります。

休憩をとって歩くことは血流を促すことにもなり、疲労回復効果があります。たとえば、トイレまで10m、20m先に少し動くだけでも十分効果があるので、40~50分に1回程度は動くようにしましょう

昼休みの使い方にも注意が必要です。同僚や上司と一緒に昼食を食べたりすると、その間も自律神経はフルに働くことになるので、疲労を軽減するためには、なるべく自分時間とスペースを確保し、 1人でリラックスして脳を休ませることが効果的です。

「可能であれば、職場の近くに住み、昼休みに一度帰宅してリセットするのが理想です」と、梶本先生は勧めます。

副交感神経から交感神経にスイッチを入れるのは0.2秒ほどでできますが、交感神経から副交感神経にスイッチを入れ替えるのには少なくとも5分はかかります。

15分でもいいので家に戻ってリラックスすると、仕事中に優位になっていた交感神経が副交感神経優位に切り替わり、疲れが軽減されます。

家に戻れない場合は、昼休みに5分以上かけて1人でリラックスすることが必要です。カフェや公園、会社の会議室や非常階段など、どこでもいいので、自分が“快適で安全・安心”と思える場所を見つけて、自律神経を休ませてください

質の良い睡眠はその前の行動から生まれる

直接的に疲労回復につながる睡眠は、質の良い睡眠をとることが何より大事です。

では、質の良い睡眠とはどんなものでしょうか。梶本先生は「深さとリズムがしっかりある睡眠」と表現します。

睡眠には浅い眠りである「レム睡眠」と、深い眠りである「ノンレム睡眠」があります。レム睡眠では体は休んでいますが、脳は活動している状態。ノンレム睡眠には4段階があり、脳が休息できて回復が図れるのは3段階と4段階の深いノンレム睡眠です。

睡眠は、入眠後にノンレム睡眠になり、そこで脳の疲労回復が図られ、数十分ほど続くと、睡眠深度を徐々に浅くし、やがてレム睡眠に移行します。このノンレム睡眠とレム睡眠の波を、75~110分周期で一晩に4回程度繰り返します。

脳の疲労を回復させるノンレム睡眠は、眠り始めは数十分間、顕著に現れますが、睡眠後半では、深いノンレム睡眠は徐々に減少し、浅い睡眠が増加。起きる準備を整えます。

自律神経は睡眠の深さやリズムも制御しています。ゆえに自律神経の働きが高い人ほど質の良い眠りがとれます。逆に言えば、快眠できる人は、自律神経の制御、すなわち、交感神経と副交感神経のスイッチングが上手なのです。

つまり、眠りに入る前に自律神経の働きを高める行動をすることが、質の良い睡眠を得るためのポイントになります。

人間は脳や内臓の深部体温が下げることで組織を休息させ、回復を図れます。逆に言えば、深部体温をうまく下げることが、深い睡眠へ誘ってくれます

深部体温を適度に下げる方法として、入浴も有効な手段です。就寝1~2時間前に入浴すると血行が促進され、ちょうど寝るころにその熱が放出されて深部体温が下がるので、スムーズに入眠できます。

ただし、高い湯温に長時間入浴したり、高温多湿の浴室は、脳をのぼせさせます。「のぼせ」は、脳のオーバーヒートを知らせるサイン。自律神経の働きが低下している証拠です。結果として、深い睡眠を得ることができなくなります。

短時間、41度未満の湯温で腋の下までの半身浴をしたり、シャワーを浴びたりすると、脳温度を上げることなく適度に体の深部体温を上げ、副交感神経を優位にするのでスムーズな入眠に効果的です。

また、寝る前にアルコールを飲むとよく眠れるように思う人も多いかもしれませんが、実際は脳の疲労を回復させるノンレム睡眠の時間が短くなり、途中で目が覚めて眠れなくなるなど、睡眠の質が悪くなってしまいます。

自律神経の働きを低くするような習慣は、快眠につながりません。日中に疲れを軽減して自律神経の働きを高めることが快眠につながり、快眠することで疲労が回復するという良い循環を生み出します。

この2つは毎日行い、1日の中で疲れをためないようにすることが、疲労回復の大原則です。

疲労という負債は、一括返済はできません。その日その日の疲れを残さないように心がけることが何より大切といえそうです。

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Image: GettyImages

疲労マネジメント術まとめ

●疲労をため込み続けると、生活習慣病やうつ病などの健康リスクのほか、細胞の酸化が進んで「老化」が進行する。

●疲労は体ではなく、「脳の自律神経」で起きている。自律神経の機能は、加齢に従って衰えていく。

●疲れを回復させる手段は「睡眠」しかない。日中の行動で疲労を軽減させ、夜間の「質の高い睡眠」で回復させることが何より重要。

●「楽しい」「没頭する」ことによって疲労を感じないことはあるが、「隠れ疲労」はたまっていく。ちょっとしたことを面倒に感じるようになってきたら危ないサイン。

●疲労軽減には鶏むね肉やまぐろ、かつおなどの回遊魚に多く含まれる成分「イミダペプチド」という成分が有効。

●「質の高い睡眠」は日中の行動によって生まれる。入眠前の行動が特に大事。

▼前編はこちら

疲労をため続けると「老化」が進む。回復させる方法は「睡眠」のみ

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