人が集まれない? コロナ時代のオフィスのありかたとは?

「グッドカンパニー研究」当シリーズでは、多様な働き方を考えるカンファレンス 「Tokyo Work Design Week」 を主催し、現代におけるさまざまな「働き方」を探求、「ヒューマンファースト研究所(※)」の外部アドバイザーでもある横石 崇さんが、時代をリードする企業のオフィスを訪問取材。

オフィスのありかたから垣間見える企業の理念やコミュニケーションに関する考え方、その企業らしい新しい働き方を探究し、「グッドカンパニーとは何か」を探ります。

いま世界中でオフィスのありかたが見直されています。次の一手のために必要なことは何なのか? 企業にとってのGOODを追求することでそのヒントが見えてきます。(横石 崇)

第3回で訪れたのは、株式会社リクルート九段下新オフィス「KUDANZAKA PORT PARK」

2021年4月、リクルートは国内のグループ企業7社を統合し、新たな組織体制を確立。新オフィスも同じタイミングで開設され、それまで東京駅周辺から新橋エリアのビルで勤務していた営業、エンジニア、スタッフなど1500名が入居しただけでなく、他拠点の社員含めた全従業員のサテライトオフィスとしても活用されています。

新しいロケーションは、奇しくもリクルートの創業年と同じ1960年築の全5棟からなるビンテージビル。

かつては大学の校舎としても使われていた歴史ある建物で、正面に靖国神社、隣には皇居外苑や武道館、九段下の豊かな緑を望む抜群の立地。

しかし築60年というだけあって建物は老朽化が進み、取り壊し寸前の状況だったそうです。

お話を伺ったのは、総務・働き方変革 総務統括室 ワークプレイス統括部の西田華乃さん。

このビルを移転先に決めたときは、不動産各社のトップ営業マンが「ここに行くんですか?」「ここはないと思って、紹介しなかったんですよ!」と軒並み驚いたとか。

常識にとらわれない発想のもと、築古ビルが持つ独自の良さと最新のテクノロジーを組み合わせた新オフィスは、快適で機能的なオフィスを表彰する日経ニューオフィス賞の「ニューオフィス推進賞」を受賞しています。

グッドカンパニー研究 Vol.3

【調査するオフィス】

株式会社リクルート「KUDANZAKA PORT PARK」/東京都千代田区

【話を聞いた人】

株式会社リクルート 総務・働き方変革 総務統括室 ワークプレイス統括部 西田華乃さん

新しいオフィスのスタンダードに挑戦した「KUDANZAKA PORT PARK」

横石 崇さん(以下敬称略):リクルートさんは東京駅八重洲口前のグラントウキョウサウスタワーにも立派なオフィスがありますが、なぜ新オフィスを九段下に構えようと思われたのでしょうか。

西田華乃さん(以下敬称略):リクルートは全国に500の拠点があり、基本的には駅近の新しいビルを借りています。でも実は10年前くらいから、縛りが少なく、自分たちのやりたいことを実現できるようなビルを探していたんです。

以前、吉本興業が新宿区花園神社隣の小学校に拠点をつくられましたが、理想としてはそんなイメージ。廃校のような場所があれば…と考えていましたが、都内ではなかなかそういう場所が見つかりませんでした。

そんななかで出会ったのが、取り壊し前提のこの物件。我々としてはゼロからスタートできるところが最大の魅力で、賃料も圧倒的に安かったこともあり、ここをリノベーションしようと決めました。

横石:2019年12月に移転プロジェクトを立ち上げ、わずか1年半で完成させたと聞いて驚きましたが、それ以前に10年近く理想のビルを探されていたというのもすごいですね。

西田:リクルートの精神は、失敗も含めて新しいチャレンジを恐れないこと。ワークプレイス統括部ではちょうど10年ほど前から「新しいオフィススタンダードを創りたい」と考え、フリーアドレスやテレワークの導入に取り組んでいたんです。

ところがオフィスの常識はなかなか更新されない。間仕切り壁が多く、床を上げてパソコンの配線を張り巡らせているので、デスクの位置も動かしにくい。レイアウトを変更するたびに大量のゴミや廃材が出るのも疑問でした。

そうした課題に取り組める場所をずっと探していて、「最高の箱」が見つかった。このビルを知ったときは、まさにそんな思いでしたね。

働き方改革、コスト効率化、SDGs、コロナ対策。多くの課題と向きあった新オフィス

西田:このビルと契約した2020年1月時の課題は、会社統合に伴う増員や、働き方の進化にどう対応するか。コスト効率化、SDGsへの取り組みも念頭にありました。それが新型コロナウイルスの流行によって、従業員が不安なく安心・安全に集えるオフィスという新たな目標も生まれました。

コロナで変わったのは、会社に来ることが当たり前でなくなったこと。現在の出社率は1~2割で、緊急事態宣言解除後もリモートワーク中心の傾向が続いています。

そうなると働く場所はオフィスだけでなく、自宅やサードプレイスも対象になってくる。そういった観点から、オフィスではなくワークプレイスという言葉を使うようになったのも、この1年での大きな変化でした。

横石:先ほど「リクルートの歴史は新しいチャレンジと失敗の繰り返し」というお話がありましたが、2000年代に入ってからリクルート自体が劇的な変化を遂げられていますね。

グローバル市場で人材派遣事業やHRテクノロジー事業を展開し、世界60か国以上にサービスを拡大されています。

リクルートのバリューズとされている「新しい価値の創造」のために、営業やエンジニアだけではなく、西田さんのような人事総務部門のスタッフも率先して行動していかなくてはならない、そういった土台もあったんでしょうか。

西田:そこの指標はすごくありますね。全員が社会起点で何を考えるか、社会に対してどういう価値を生み出していくかを模索しているところがあります。

10年前から新しいオフィスの「箱」を探していたのも、同じ業界のなかで、あるいは働き方改革に際して、リクルートが何かチャレンジできないかと常に考えていたからです。

横石:そういった業界への挑戦や、過去のリクルートへの挑戦。それが体現されているのが、この「KUDANZAKA PORT PARK」なんですね。

未来のスタンダードを見据えた4つの施策

横石:新しいオフィスをつくるとき、会社は必ず組織の課題と向き合い、社員へのメッセージをオフィスに託す側面があると考えています。「KUDANZAKA PORT PARK」では、どんなことがテーマとしてあったのでしょうか。

西田:まずは統合を見据えての従業員の働き方の変化、そしてコロナ以前から進めていたテレワークへの対応ですね。

2020年4月から人事制度が変わったのですが、人材募集の際も「オフィスへの出社を前提としない」と明言しました。それが見えていたので、これから出社率やオフィスの使われ方が変わっていくのは確実でした。

そこに加えてコロナ禍が起きたことで、リモートが前提になるということが分かりやすく見えてきた…。とはいえ、それが急激に進みすぎて、2020年前半あたりは「今後のオフィスのありかた」が見えにくくなっていました。

後半は社内の議論も深まったので、チューニングしながらオフィスのファシリティを考えていきました。

「KUDANZAKA PORT PARK」では、次の4つの施策を「新オフィススタンダードへの提言」として打ち出しています。

リクルート発「新オフィススタンダードへの提言」

1.地域社会・地球環境との共生

築60年のビルの外観内観を最大限に活用。靖国神社を望むマルチスペースには地域歴史年表を掲示し、土地と建物への愛着を育む工夫も。

室内は間仕切りを排除し、可動パーティションやカーテンで部屋をゾーニング。

将来のレイアウト変更や移転にも柔軟に対応ができ、工事により発生する資材や廃棄物の最小化ができる。二重床を敷かずOAフロアを敷設しないことでオフィス構築時に使用する資材の削減にもつながった。

電源設備は「コードケス(コードレス)」をモットーに、フラットケーブルやモバイルバッテリーステーションを採用。各自が高性能モバイルバッテリーを持ち運ぶことで、どこでも身軽に仕事ができる。

2.何も触れずに過ごせるオフィス

指を近づけるだけで反応するタッチレスエレベーター、タッチレス照明操作盤、タッチレス扉開閉ボタンなどを採用し、“タッチの機会”を従来のオフィスと比べ、88.13%削減。

人との接触が不要な「レジなしコンビニ」では、品物をとり、ゲートを出入りするだけで決済が完了する。

屋内では不要な自動販売機の扉を撤去。オフィスへの入り口は店舗のような自動開閉のガラスドアが多用された。

感染対策と利便性の向上だけでなく、車椅子ユーザーなど体に不自由がある人も使いやすいバリアフリーの空間となっている。

3.ワーカーの活力を養うウェルビーイング拠点

長期化する在宅ワーカーのために、ストレス解消や健康促進のための設備を導入。

低層の築古ビルならではの開閉できる大きな窓を生かし、外気や日差しを効率的に取り込んでいる。照明はサーカディアンリズム(概日リズム)を導入して体内時計に合う照度を自動調整。梁下に設置したセンサーでは、CO2など空気循環と温度差をモニタリングしている。

5棟ある建物に機能を分散し、中央棟にはコンビニやリフレッシュエリアなど人が集まる場を設計。階段室もオープンにして、オフィス内の巡回や歩行を積極的に促している。

また、ワーカーの周辺地域への理解促進と運動機会の提供を目的に、皇居ランができる立地を生かして、シャワー付きのランニングステーションを1階に設置。現在は従業員が活用しているが、将来的には地域住民への開放も検討している。

4.TABW(チーム・アクティビティ・ベースド・ワーキング)

最適な場所を自分で選んで働く「ABW(Activity Based Working)」と呼ばれるワークスタイルをチームに応用。オフィス内には、さまざまな大きさのコミュニケーションの場を用意した。

障子のような可動式間仕切りを配し、数人の会合から大人数のイベントまで対応する「ジョイン」、少人数で活発に意見を出し合える「ブレスト」、2人で集中して作業ができる「フォーカス」、会議前の空き時間にさっと座れる「タッチダウン」、オフの交流を促進する「ブレイク」、真正面に靖国神社の鳥居と参道を望むマルチスペース「パノラマ」など。

創業者の視点「個の尊重」が生き続けるオフィス

横石:オフィスのレイアウトを固定せず、フレキシブルに使えるようにしているのは大きな特徴ですね。

リクルートの創業者である江副浩正さんは、時代の流れが「組織から個へ」と移っていくと予見されていましたが、このオフィスにも「個の尊重」という視点が生き続けているのを感じました。

西田:やはり一人ひとり、自分の居心地のよい高さや角度、環境がありますよね。レイアウトや家具なども可動性を大切にすることで、それぞれが自分の好きなように使うことができる。

そこは「個」が価値を発揮するための組織マネジメントや、チームの形に合わせやすいオフィスを提供したい、という思いとつながっている部分です。

横石:ABWは自分らしい働き方のためのアプローチですが、そこにチームのTをプラスするところがリクルートさんらしい。「集まる」ということは、リクルートにとってどんな価値があるのでしょうか。

西田:「個」を自律させるためには会社やチームの力も必要だというのは、ここ最近で私たちが気づいたことです。

例えば新人は、最初からリモートワークだと孤立しやすくなる。会ったことがない人と仕事をするのは、関係性の質を保つのが難しく、パフォーマンスの低下も起こりやすくなります。

そこをサポートするのが先輩であり、チームであり、会社だとすると、すごく大事になってくるのがオフィスではないかと考えています。

人事制度やミドルマネジメント層のフォローとともに、「オフィスに集まる」ことの重要性と真剣に向き合った結果が、この「KUDANZAKA PORT PARK」だと言えます。

横石:「個」だけでは、会社の文化や精神が引き継がれない。それを受け継ぐための仕組みが、このオフィスにはあるということですね。

西田:やはり今は過渡期だと思うのです。働き方を進化させると、出社したくない人も増えるので、会社として従業員と関係性をどう築くかは難しくなっていきます。

そのなかで、オフィスのしつらえやマネジメント、イベントなどのきっかけを通して、「集まる」をどのように活性化していくか。それはこれから、あらゆる企業の課題となっていくはずです。

オフィスとは、それぞれが最大限の価値を発揮する「個」が集まる場

横石:今、オフィスとはどんな場だと捉えていらっしゃいますか。

西田:オフィスとは「集まる場」であり、そこに可動性や自由を与えることが、オフィスを提供する側としては大事なのではないかと思います。本当にこの2年は、日本史上始まって以来、経営者層がオフィスについて考えた期間だったかもしれませんね。

横石:最後に、西田さんが考える「グッドカンパニー」像についてご意見を聞かせてください。

西田:個が最大限の能力を発揮するために、会社やマネジメントが個を汲み取り支援し、個はそれに全力で応えるというのが「会社」の理想的なありかたではないでしょうか。

リクルートには以前「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という社訓がありました。

個が最大限に価値を発揮しなくては会社は成長しない。

自分と会社の成長がリンクしていることを実感できて、かつ個が尊重されるように制度やオフィス、ファシリティが設計されている。そんな会社が「グッドカンパニー」と言えるのではないかと思います。

<グッドカンパニーとは|取材を終えて>

リクルートの新社屋に驚いた。

ピカピカの新築ビルや整然とした最先端オフィスとはまったく趣が異なって、古くからある建物や古典的な技術を活用し、人からも地球からも愛されるオフィスを発明してみせた。

この場にチームが積極的に集まり、自分たちで機会をつくり、成長していく様子をイメージすることは難しくない。自分たちの働き方にふさわしい環境づくりにこだわった結果、財務情報だけでは見えてこない会社の強さが、この職場にはしっかりと現れている。

次世代オフィスのスタンダードがここにある。(横石 崇)

ヒューマンファースト研究所(HUMAN FIRST LAB):野村不動産株式会社が2020年6月に設立。企業や有識者とのパートナーシップのもと、人が本来保有する普遍的な能力の研究を通じて、これからの働く場に必要な視点や新しいオフィスのありかたを発見、それらを実装していくことで、価値創造社会の実現に貢献する活動を行なっている。

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制作協力:ヒューマンファースト研究所(野村不動産)

聞き手: 横石崇 文: 田邉愛理 撮影: 千葉顕弥