ノマドワークにはじまり、テレワークにワーケーションと、オフィス空間を離れて仕事をするスタイルがどんどん広まっています。
でも、こうしたトレンドが普及する以前から、遥かに隔絶した世界でテレワークにいそしんできた人たちがいます。それは、宇宙飛行士。
地球の管制室とオンラインでやりとりしながら、宇宙ステーションで長期にわたり勤務する彼らは、まさに「究極のテレワーカー」。地上環境でテレワークをするわれわれに役立つ、ライフハックをたくさんお持ちです。
そこで、『宇宙飛行士 野口聡一の全仕事術』(野口聡一 著、世界文化社)の中から、テレワークに役立つ情報をピックアップしてみました。
「気持ちのリセット」で仕事にメリハリを
そもそも宇宙飛行士は、宇宙ステーションでどんなテレワークをしているのでしょうか?
スペースX社が開発した宇宙船・クルードラゴンに乗って、野口さんが国際宇宙ステーションISSに着いたのは、2020年11月17日。既に宇宙ステーションにいる先発隊と合流し共同生活がはじまります。
宇宙ステーション自体は、「サッカー場が全て埋まってしまうほど」の大きさ。
しかし、クルーが活動できる空間は限られていて「窮屈」。その中で、平日は午前7時台から午後6時頃まで、分刻みでミッションをこなす日々だったそうです。
そこで行なわれる主な業務は科学の実験。分野的には、物理学から医学まで多岐にわたります。認知症に関わる遺伝因子の解明のため無重力空間での実験など、自身の専門領域外のことも多く、かなり神経を使うのだとか。
こうした作業環境のため、見積もった時間をオーバーしてしまうこともしばしば。「自主残業」で日々を乗り切るのがメンタルヘルス上良くないのは、地上のわれわれと同じです。
この問題に、野口さんはどう対処したのでしょうか?
「毎日、同じようにがんばるとワーク・ライフ・バランスがおかしくなってしまいます。
だから仕事にメリハリをつけて、残業しない日を決めたら『残業はしない! 明日また新たに取り組めばいい』と思って、趣味のピアノを弾いたり、写真を撮ったりしていました。
切り替えることで強制的に気持ちも心もリセットすることで、乗り切れたように思います」
「受け入れる」にはコミュニケーションの機会を増やすこと
当時のISSのメンバーは総勢7名。先発隊の3名は全員ロシア人で、野口さんらクルードラゴンの乗員は、ほかに「軍のパイロット、女性、黒人」という取り合わせ。
野口さんは、この人員編成が多様性・相互受容・強じん性を与えてくれたと評価。本書の中で、次のように記しています。
「違う視点があるからこそ新しい気づきがあり、改良のきっかけが生まれる。
そこには、ほかのメンバーへの揺るぎない信頼と尊敬があり、個々の能力と意見の違いを超えたところにチームとしての団結が生まれるという共通認識があったと思う」
とはいえ、神ならぬ人間同士のこと。心理的な軋轢が生じやすい閉鎖空間において、「誰と誰が顔を合わせても、ストレスのない状態にもっていく」のが大きな課題であったそうです。
その解決に役立ったのが運動と食事の時間。
日々の運動は各人150分与えられ、交代や休憩の際の何気ないコミュニケーションが、互いの気持ちをほぐすチャンスとなりました。
食事は1日3度ありましたが、仕事から解放された夕食時はさながら「一家団らん」のように打ち解ける時間でした。
「We」と「They」の対立構造を解決に導くには
対立のリスクをはらんだのは、むしろ地上管制官とのやり取りだったのだとか。本書から引用しましょう。
「たとえば、クルーが作業に追われている時、地上の管制官から折悪く別の作業指示がやってきて、少しギクシャクすることがある。
タイミングの悪さも手伝って、クルーたちは感情を害し、指示を出した地上スタッフのことを『私たちの苦労も知らないで』『こちらの現場を分かっちゃいない』とつい不満に思い、WeとTheyの対立構造で語ってしまう。これは危ない」
この対立構造を、米国では“We-They Syndrome”と呼ぶそうです。
放置しておけないこの状況、どうやって解決に導くべきでしょうか?
「放置するとお互いに猜疑心がふくれ上がったり、理不尽な思いから不満が募ったりします。そうなると悪い流れは止まらず、負のスパイラルに突入する。
それを回避するために、初期段階で悪い流れを一旦止めることが大切です。気持ちを切り替えて、リフレッシュする、いわゆる野球などの「タイムアウト」です。
大切なのは、組織としてオープンに意見を出し合える環境をつくることだと思います。おかしい、理不尽だ、と思った時に、気持ちや意見を確認し合えたら、悪い流れは一旦断ち切ることができます。そうしたら、また通常業務に戻れば良いのです」
ストレス対処は、時には第三者の介入も必要
なお、野口さんは、心身の健康を保つには第三者の力を借りることも重要だと示唆しています。
「宇宙飛行士の世界では、管制官との間をつなぐ「キャプコム」という役割の人がいて、さらに身心に支障をきたした場合は、医師やカウンセリングがサポートする体制が整っています。
ただし、このテレワーク時代、在宅勤務が続いて、誰にも相談できず、心身ともに苦しんでいる人がいるかもしれません。オンラインでのカウンセリング技術がいま以上に高まり、企業も導入すれば、在宅勤務者にとって心強いでしょうね」
これは本書に書かれていることですが、1人でできるストレスの鎮め方としての瞑想やマインドフルネスにも触れています。
実際、野口さんは、2009~2010年の国際宇宙ステーション滞在時、日本実験棟「きぼう」で瞑想する実験を行なったそう。また、宇宙空間であっても「寝られる時に眠るのが鉄則」だとも。
宇宙飛行士といえば、われわれとは全く異なる世界の人たちというイメージがありますが、ライフハック的文脈で参考になる点が多いですね。
興味を持たれたら、著書『宇宙飛行士 野口聡一の全仕事術』に目を通されることをおすすめします。
Source: 世界文化社グループ