約10年にわたって住宅メーカーで営業として働いていた屋敷康蔵さんは、20代の夫婦に条件通りの土地を提案したが、契約直前にキャンセルされたことがある。一体なにがあったのか。屋敷さんが事情を調べてみると、問題はその土地ではなく、隣地の高齢女性であることがわかった――。

※本稿は、屋敷康蔵『住宅営業マンぺこぺこ日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。

契約書に署名するカップル
写真=iStock.com/Rob Daly
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「これだけよい条件ですから、早い者勝ちです」

われわれ住宅営業は上物と呼ばれる「建物」を売るのが仕事であるが、お客から「土地」から探してほしいと言われる場合もある。すでに土地を所有しているお客のほうが楽ではあるものの、お客のニーズに応えるのも仕事である。

今日のお客・宇野さん夫妻はまだ20代半ばの初々しい新婚さんで、マイホームを建てるための土地探しからという要望があった。土地探しからのお客は、希望に合った土地を探せれば自動的に建物の契約につながる。だから、土地の提案が命運を分けるのだ。

逆にいえば、土地が決まらないと契約を結ぶことができない。前回の来場時、希望する場所や大きさ、金額や立地などを細かく聞き取った私は、それを踏まえて、すべての条件をクリアしているドンピシャの物件を探し出していた。実際、掘り出し物のいい土地だし、決めてもらえる自信も満々だ。

宇野さん夫妻が「いい土地見つかりました?」と心配そうに聞いてくるのに対し、私は自信に満ちた笑顔で、「ありました。おそらくこれ以上の土地はほかにないと思われます」と言い切った。私は夫妻の目の前に、大きな地図を広げて、今回紹介する土地の位置を示す。周辺の買い物スポットや病院、学校、コンビニなどもマーカーで記しておき、その土地のよさを視覚に訴える。現地にお連れする前に、こうしてその土地に対する期待値を上げるのも重要な仕事である。

私の説明がひと通り終わったころには、宇野さん夫妻はこの土地が欲しくてたまらない状態に仕上がっているのが表情からもよくわかる。

「この土地はほかの営業マンたちもお客さまに紹介しています。これだけよい条件ですから、早い者勝ちです」

さらにお客をソワソワさせながらクルマに乗せ、現地へと向かう。現地に到着すると、そこはきれいな四角形で、南側にはほかの建物も建っていない日当たりのいい土地。見通しも良く、誰が見ても申し分ない土地である。