かつて、学歴も収入ももっとも高い層の人たちは、あくせく働かない「banker’s hours(銀行家の時間=短い労働時間)」をひけらかしていたものです。ところが、ここ40~50年で何かが変わりました

スタートアップ企業のエネルギッシュな文化が登場したためか、あるいは、次第に熾烈になる、ほぼ勝者一人勝ちの経済が要求するためかはわかりません。

もしかすると、既成の社会体制や価値観から離脱(ドロップアウト)しようとした1960年代の風潮の反動かもしれないし、いくつかの要素が組み合わさったのかもしれません。

理由はどうあれ、ほんの少し前まで、私たちがみな働きすぎの時代を生きていたことに変わりはないでしょう。

ところが、状況は変化しはじめています。異常なインフレから、従業員をオフィスに戻そうとする動きまで、新型コロナウイルスのパンデミックによるあらゆる奇妙な連鎖反応が起きていますが、そのなかでいちばん思いがけなかったのは、著しく成功しているアメリカ人たちが、急に、以前ほど働かなくなったことです

パンデミックを経て、人は働きすぎなくなった

最近発表されたワシントン大学の研究では、収入も学歴ももっとも高い層の男性が2022年に働いた時間は、2019年と比べて77時間減少し、週当たりでは1.5時間少なかったことがわかりました。

なぜでしょうか。その理由は今も議論されていますが、多くの賢い評論家たちは、「パンデミックで、私たちの野心が弱まったから」とシンプルに結論づけています。

「The Atlantic」のDerek Thompson氏は、「アメリカの仕事中毒熱は、ついに下がりはじめた」と明言しました。

The Wall Street Journal」は、「野心家たちは、みなどこへ行ってしまったのか」と問い、「ホワイトカラーの多くが、ここ3年間の出来事によって、自分たちの優先順位が変わり、自分たちに欠けているものがわかった、と語っている」と伝えています。そして、「さらに多くの労働者が、時間外労働に『ノー』と言うか、より良いワーク・ライフ・バランスのためには給料が下がってもいい、という考えだ」と指摘しています。

「極めてハードコア」な働き方の隠された真実

誰もが取りつかれたように仕事をする風潮は弱まってきていても、イーロン・マスク氏の言う極めてハードコア」な働き方をする人たちは、常に存在するものです。

最近、ハーバード大学のArthur C. Brooks教授「The Atlantic」のコラムで指摘したように、仕事中毒とは実は、文化や経済に関係があるだけではありません。「個人的な心の痛み」に対処する方法でもあることが多いのです。

Brooks教授は、うつ病で、仕事人間でもあったことで有名なイギリスの元首相ウィンストン・チャーチルを例に挙げ、「チャーチルは、『うつ病を患っていたのに』ではなく、『うつ病を患っていたから』仕事中毒だった」と論じています。

チャーチルは、仕事で気を紛らわせていました

突拍子もない説だと思うかもしれないが、今日の研究者たちによると、仕事中毒(ワーカホリズム)は、精神的苦痛に対する反応としてよくある依存症です

「不安」や「うつ」になりやすい人のなかには、医者にかからず、ワインで解決を試みる人がいます。エクササイズやNetflix、食べ物に頼る人もいます。そして、仕事をして癒す人もいるのです。

この説は、決して新しいものではありません。

多くの人が、イーロン・マスク氏のような精力的な働き方は、一般的には精神的苦痛の徴候だという考えを主張しています(少なくとも、マスク氏の前妻の1人もそう言っています)。

ですから、パンデミックを経て、私たちの多くは仕事に対する姿勢を見直したかもしれませんが、一部の人々は、常軌を逸した労働時間が不健康だとわかったあとでも、なかなかパソコンを閉じられないことになるのです。

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仕事中毒を克服する3つのステップ
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