1980年10月24日、テイラー・バークロフトという男性が、サンフランシスコへと車を走らせました。

目的は、そこで開催されていた、ウェルネスがテーマの会議「In Pursuit of Wellness」の会場でスピーチをした、大判雑誌『全地球カタログ(ホール・アース・カタログ)』のバックミンスター・フラーと会うことです。

スピーチが終わると、バークロフトは、フラーとカメラマンを乗せて、同州の都市クパティーノに向かい、バンドリー・ドライブに面したオフィスの建物前に車を停めました。といっても、面会のアポイントなどは取っていません。

事がうまく運ぶか否かは、彼がいかに自信たっぷりに振る舞うかにかかっています。

バークロフトはフラーを車に残し、ひとりで建物に入っていくと、受付係にこう告げました。

「バックミンスター・フラー氏をお連れしました。スティーブ・ジョブズ氏にご紹介したいのです」

ジョブズに会えるという確信

アップルコンピュータ(現アップル)本社への突然の訪問は、一か八かの賭けでしたが、うまく行くと信じる理由がバークロフトにはありました。

事前にアポを取るより、有名人のフラーを連れて不意に訪問したほうがうまくいくと踏んでいました。

「ジョブズ氏がフラー氏のファンであることはわかっていました」と、バークロフトは当時を振り返ります。

ジョブズ氏のような人なら誰だって、フラー氏のファンに決まっています。だから、2人を会わせたかった。ジョブズ氏は、フラー氏の夢をかなえるはずの人物でしたから。

危険な賭けでしたが、うまくいきました。

わずか数カ月後に新規株式公開を控えたアップルコンピュータの社内で、フラーとジョブズが2人きりでどのような話をしたのかは、もはや誰にもわかりません。

その後、バークロフトはフラーをホテルまで送っていきました。バークロフトは成功に有頂天でしたが、結局、番組の企画が実現することはありませんでした。

そしてフラーのほうは、パーソナルコンピューターによって、自身が生涯にわたって思い描いてきたヴィジョン「情報へのアクセス」が実現するという考えには賛同しなかったようです。

「フラー氏は信じませんでした」と、バークロフトは振り返っています。

「フラー氏が、同社のパソコンはただのオモチャだと語っていたのを覚えています」

フラーは「20世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチ」

フラーは1960年代以降、大学生たちの憧れの存在となっていました。フラーが発明家として評価されたきっかけは、ジオデシック・ドーム(正多面体を細分割してつくった構造物)を考案したことです。

しかし、フラーの影響力を決定的にしたのは、カウンターカルチャー向けの書籍やツールを紹介する大判雑誌『全地球カタログ(ホール・アース・カタログ)』です。

フラーの思想を反映して創刊されたこの雑誌を、大学時代のジョブズやコッケは夢中になって読んでいました。

ジョブズはのちにこの雑誌を、「私たち世代のバイブル」と評しています。

フラーがアップルに及ぼした影響は、さらに根本的な部分にも見てとれます。ジョブズのパートナーとしてアップルを共同創業したスティーブ・ウォズニアックは、のちにフラーを「20世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と称賛しています。

Appleのデザインにも影響を与えた

ウォズニアックとジョブズは、「Apple II」の筐体を手がける工業デザイナーとしてジェリー・マノックを採用しました。

スタンフォード大学の有名なプロダクトデザインプログラムで学んだマノックは、のちにアップルのインダストリアルデザイングループの礎を築いた人物です。マノックはデザインに関して、フラーの影響を受けた反復的なアプローチを取り入れたと語っています。

フラーは、ひとつの小さなデザインの問題だけを解決することには興味がありませんでした。彼は、そのひとつ上のレベル、さらに上のレベル、そのまた上のレベルへと目を向けるのです。

Think DifferentのCMにも登場

ジョブズがアップルに復帰してまもない1997年9月28日、アニメ映画『トイ・ストーリー』のテレビ初放映時に、アップルのCMが流れました。

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアやパブロ・ピカソなど、錚々たる有名人が次々と登場する映像に合わせて、ナレーターの俳優リチャード・ドレイファスがアップルの理念を語りかける内容です。

「クレイジーな人たちに祝福を。はみ出し者。反逆者。トラブルメーカー。場になじめない人たち。異なる見方をする人たち」

このCMに登場した17人のうちの1人が、バックミンスター・フラーです。

フラーの前にはジョン・レノンとオノ・ヨーコが、フラーのあとにはトーマス・エジソンが登場します。カウンターカルチャーとエスタブリッシュメントの両サイドから尊敬を集めたフラーにふさわしい順番です。

アップルが提唱した「Think different」は、コンピューターを売るための広告スローガンでしたが、同時に、フラーが体現する真のビジョンを伝えるものでもありました。フラーは良くも悪くも、ほとんどの人と異なる考え方をした人物です。

CMのナレーションはこう続きます。

あなたたちは、彼らの言葉を引用することもできる。彼らに異を唱えることもできる。彼らをもち上げることも、こき下ろすこともできる。

そして、CMは最後にこう結ばれます。

おそらく唯一、あなたたちができないことは、彼らを無視することだろう。なぜなら、彼らは物事を変えてしまうからだ。彼らは人類を前進させる。

彼らをクレイジーな連中だと見る人もいるが、私たちは彼らを天才だと思う。自分が世界を変えられる、と信じるほどにクレイジーな人たちこそが、本当に世界を変えていくのだから。

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Originally published by Fast Company [原文

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