国別では最も多い「中国人留学生」は、いまどんな生活をしているのか。ノンフィクションライターの西谷格さんは「北京大学や清華大学といった中国国内の名門校に入れなかった人たちが、『安くて便利な国』として日本を留学先に選んでいる。毎月の仕送り額も潤沢で、バイトに明け暮れる苦学生は少数派になっている」という――。
誰もいない教室
写真=iStock.com/smolaw11
※写真はイメージです

日本を選んだ理由は「特にない」

かつて中国人留学生というと苦学生のイメージがあったが、それも完全に過去のものとなった。GDP世界第2位の超大国から来た今の中国人留学生たちは、どのような人々なのか。

2023年4月に浙江省から来日し、東京・池袋エリアの日本語学校に通う劉徳欣さん(19歳、仮名)に話を聞いた。これから日本の大学への進学を目指しているという。

東京・池袋エリアの日本語学校に通う劉徳欣さん(19歳、仮名)
筆者撮影
東京・池袋エリアの日本語学校に通う劉徳欣さん(19歳、仮名)

「これから6月に日本留学試験(EJU)、7月に日本語能力試験(JLPT)を受けて来年4月に入学する予定です」

日本留学試験は2002年に始まった外国人留学生向けの試験で、日本の大学や専修学校に入学する際に必要な基礎学力の評価を行うもの。日本語能力試験はN5~N1まで5段階で日本語力を測り、最上位のN1は900時間ほどの学習時間が必要とされる。

留学先に日本を選んだきっかけは何だったのか。

「もともと両親から海外に出てみてはどうかと勧められていました。海外に出られるならどこでも良かったのですが、日本のマンガやアニメに馴染みがあったのと、距離的な近さから日本留学を選びました。あと姉が日本の大学に留学した経験があるので、その影響も大きいです」

10年ほど前であれば、『NARUTO』や『鋼の錬金術師』といった具体的なマンガ作品に強い影響を受けて日本への留学を目指す中国人も目立っていた。だが、現在は強い思い入れがあって日本に来たというより、欧米に比べてコスパが良く地理的にも近い「お手頃な留学先」として日本が選ばれているようだ。積極的な動機がなくなってきているのかもしれない。

中国の大学受験人口は日本の20倍

「高校の外国語の授業は、英語ではなく日本語を選択しました。日本での大学進学は中国国内で大学受験をするより、ハードルがかなり低い。高考(ガオカオ)のプレッシャーに比べれば、名門大学にも入学しやすいんです」(劉さん)

中国の大学受験制度「高考」の正式名称は「普通高等学校招生全国統一考試」で、日本語訳を当てるなら「大学の新入生募集に係る全国統一試験」といったところ。少々ややこしいが、中国語の「高等学校」は日本の「大学」を意味する。つまり、日本における「大学入学共通テスト」に相当するが、興味深いのは、中国では原則として高考(共通テスト)のみの一発勝負で進学先が決定してしまう点だ。中国の大学は欧米と同様に9月入学のため、試験は毎年6月7日~8日に行われる。

中国の受験人口は極めて多く、日本の約60万人に対して約1300万人。総人口は10倍だが、受験人口は20倍もある。競争は非常に厳しく、北京大学や清華大学といった超名門校の合格を目指すより、日本の大学に留学生として入ったほうが「コスパが良い」ということらしい。

「志望は東京大学です。難関かもしれないですが、挑戦してみます。お金に関することを勉強したいので、経営学を学ぶつもりです。中国は『内巻(ネイチュアン)』がひどいので」

「内巻」は2020年頃から使われるようになった中国の流行語で、不毛な内部間の競争やそれに伴う社会的ストレスを指す。