最適脳:6つの脳内物質で人生を変える』(デヴィッド・JP・フィリップス 著、久山葉子 訳、新潮新書)の著者は、コミュニケーションを専門とする講師。社会に出てからずっと神経科学、生理学、心理学をもとにしたコミュニケーションテクニックの開発に人生を捧げてきた実績を持ち、現在では世界各国で講演を行なっているのだそうです。

私のチームでは7年かけて5000人の講演者やプレゼンテーター、司会者を分析して110種類のコミュニケーション手段を特定し、私自身は2年かけて準備したTEDトークがストーリーテリングのジャンルにおいて世界で最も視聴され、ストーリーを語ることで初めて聴衆にシグナル伝達物質やホルモンを放出させた講演者と認められた。(「はじめに」より)

華やかなキャリアをお持ちであるわけですが、その一方、19年間にわたって深刻なうつに悩まされてきたのだといいます。そんななか、最新の研究から導き出したのは、うつの原因は「脳内物質のバランスが崩れている」ことにあるということ。

そこで本書では、「そのバランスを整えたらどうなるか?」に着目し、落ち込んだときや不安に陥ったとき、あるいは自信を失ったり、やる気が出なくなったときに自分で自分を癒し、問題を解決するための方法を提案しているのです。

ベースになっているのは、著者が数万人の受講者とともにつくりあげてきたメソッド。そこを出発点として、ドーパミン、オキシトシン、セロトニン、コルチゾール、エンドルフィン、テストステロンという6つの脳内物質の働きとつくり出し方を解説。各物質の組み合わせが具体的にどのような効果を及ぼすのかを、脳科学の知見をもとに解説しているわけです。

ところで著者は本書において、<天使のカクテル>と<悪魔のカクテル>という比喩を用いて話を進めています。つまりそれは、自分の精神状態を変えるためのカクテル。自分自身がバーテンダーとなり、どんな精神状態でいたいかを決められるのです。

問題は、現実問題として<悪魔のカクテル>をつくって飲んでしまっている――気分の落ち込みや不安を抱えている――人のほうがずっと多いということ。

なんとなくわかる気もしますが、だとしたらそこをいち早く抜け出したいもの。そこできょうは第2部「自分の未来をつくる」内の「一生<天使のカクテル>をつくり続けるために」に焦点を当ててみたいと思います。

<天使のカクテル>をつくり続けるためには、いったいどうすればいいのでしょうか?

自分の脳に長く入っている内容が<真実>になる

1つ目のアドバイスは、自分にこう問うことだ。

「喜びや誇り、自己肯定感、自信を持てると思う?」持てると思うなら持てる! 思えないなら、自分を説得しなければいけない。それは長い道のりだが不可能ではない。(239ページより)

たとえば、そのための方法のひとつとして、オープンな性格で好奇心が強く、成長マインドセットを持っている友人と話してみることを著者は勧めています。つまり、自分の価値観を変えるためにインスピレーションをもらうのです。

人間はそのくらい影響を受けやすく、なんにでもなれると信じ込むことができるもの。つまりこの場合は、「自分自身や精神状態を変えられる」と信じることが重要であるわけです。

謎の伝染病に冒され、特別病棟に12週間隔離されたとしよう。白く冷たい病室には小さな窓があるだけで、そこからは隣の建物の壁しか見えない。食事は小さな穴から差し入れられる。

しかしパソコンを貸してもらえたので、ちょっと寂しいけれどまあ生きてはいける。ある日ネットでニュースを読んでいると、「赤毛の人は気圧の変化による遺伝子変異のせいで極めて攻撃的になっている。だから目を合わせるのは避けたほうがいい」という研究結果が載っていた。

その後12週間の間に、赤毛の人が起こした暴力事件のニュース記事を何度も目にする。そしてやっと退院できた日、病院の玄関でさっそく赤毛の人と出くわし、恐怖に凍りつく――。(239〜240ページより)

もちろんこれは、著者がつくった極端な例。とはいえ昔から存在するメディアもSNSもそんなふうに、いままで思ってもみなかったようなことを人に信じ込ませようと機能しているわけです。しかもメディアはネガティブなニュースを報道したがる傾向があるため、そのせいで世界が実際よりも悲惨に見えてしまうかもしれません。

すると、この例でいえば、12週間で神経的な変化が起き、脳が自動的に<悪魔のカクテル>をつくるようになってしまう。そのため、赤毛の人を見ただけで反応してしまったりするようになるわけです。自分の脳に長く入っている内容が<真実>になるからこそ、脳になにを入れるかは自分でしっかり決めなければならないということ。

毎日“選んで”脳に入れたものが小麦畑に道をつくり、<悪魔のカクテル>あるいは<天使のカクテル>になる。神経可塑性に休日はない。生きる環境内で最大限に機能できるように脳を形作るためのプロセスなのだから。そのプロセスが毎日私たちをつくり変えている。(241ページより)

それが神経可塑性。脳に刺激が与えられ続けると学習効果が生まれ、以後の感じ方などが変化するのです。したがって、自分の脳になにを入れるかを意識して選ぶことによって、<天使のカクテル>を永遠に自動生産できるようになるわけです。(238ページより)

変化にどのくらいかかる?

だとすれば、「いつから変われるのか」が気になるところですが、著者によれば変化はすでに始まっているようです。実感しづらいことでもあるでしょうが、だからこそ予測できること、すなわち反復練習に頼るべきなのです。

神経可塑性の研究では、たった4週間で脳が目に見える形で変化し、しかも変化は時間とともに大きくなっていった。ほとんどの研究は12週間以内だが、それより長く継続された少数の研究によれば、変化はさらに続いていく。(241〜242ページより)

著者がコーチングしてきた何千人もの受講者に関していうと、ちょうど8週間くらいで変化が訪れたのだとか。つまりそれは、8週間後には意識せずにカクテルをつくれる段階が訪れるということ。

もちろん個人差はあるはずですが、誰もが確実に自分をプログラムしなおせることが証明されているということなのでしょう。むしろ、何ヶ月かかるかということより重要なのは、いま、この瞬間から自分がどう感じ、どういう気分でいたいのか、訓練の「選択」をすること。長くうつに悩まされてきた著者も、そうすることによって精神状態がよくなってきたことを実感しているといいます。(241ページより)


本書にはしばしば、「セルフリーダーシップ」ということばが登場します。つまり、なにごとも根本は自分自身を導いていくこと、自分の感情や状態を必要に応じて選ぶことだという考え方。なにかとストレスの多い時代かからこそ、そんな考え方に基づく本書は、気持ちをよりよい状態にするための力になってくれることでしょう。

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Source: 新潮新書