サイエンス

レーザーで「トリウム原子核」を励起することに成功、原子核時計などの革新的技術への道が開かれる


オーストリアのウィーン工科大学の研究チームが、トリウム原子核をレーザーで励起することに世界で初めて成功したと報告しました。これにより、既存の原子時計の精度を上回る原子核時計など、さまざまな革新的技術への道が開かれると研究チームは主張しています。

Phys. Rev. Lett. 132, 182501 (2024) - Laser Excitation of the Th-229 Nucleus
https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.132.182501


Atomic Nucleus Excited with Laser: A Breakthrough after Decades | TU Wien
https://www.tuwien.at/en/tu-wien/news/news-articles/news/lange-erhoffter-durchbruch-erstmals-atomkern-mit-laser-angeregt

今日ではレーザーを使って原子や分子を操作することは一般的であり、レーザーの波長を正確に選択すれば原子や分子を別の状態に転移させることが可能です。これによって原子や分子のエネルギーを高精度で測定することができ、原子時計や化学分析法などにこの技術が用いられているとのこと。


しかし、長年にわたりレーザーによる励起を、電子と共に原子を構成する原子核に適用することはできないと思われていたとのこと。ウィーン工科大学のトルステン・シュム教授は、「原子核も異なる量子状態に切り替わることができますが、原子核をある状態から別の状態に変化させるには、一般的に原子や分子の少なくとも1000倍以上のエネルギーが必要です。これが、普通の原子核をレーザーで操作できない理由です」と述べています。

この問題を解決する可能性があると目されているのが、トリウムの同位体である「トリウム229」の原子核です。トリウム229は非常に近く隣接した2つのエネルギー状態を持っているため、原理的にはレーザーで原子核を励起させることが可能だと考えられていました。


ところが、これまではトリウム229をレーザーで励起させられるというアイデアについて、間接的な証拠しかありませんでした。大きな問題は、レーザーで原子核を励起させるには、必要なエネルギーを100万分の1電子ボルトの精度で特定する必要があるという点だったとのこと。

手当たり次第に必要なエネルギーを特定するのは、干し草の山から針を探し出すような気の遠くなる作業です。東北大学などの研究チームはイオントラップを用いてトリウム229の研究を行っていますが、シュム氏らの研究チームは「トリウム原子を大量に組み込んだ結晶」を開発することで、大量のトリウムを一気に調査するという手法を考案しました。

そしてシュム氏らの研究チームは、ついにトリウム229の原子核を励起する正確なエネルギーを特定することに成功しました。シュム氏は、「私たちにとって、これは夢がかなったようなものです。原子核をターゲットとした初のレーザー励起という決定的なブレイクスルーを発表できることを、うれしく思っています」とコメントしています。


トリウム229をレーザーで励起する方法がわかったことで、この技術をさまざまな精密測定に利用することができます。シュム氏は、「当初から原子核時計の製造は重要な長期的目標でした。振り子時計が振り子の揺れをタイマーとして利用するのと同様に、トリウム転移を励起する光の振動をタイマーとして利用すれば、現在利用可能な最高の原子時計よりもはるかに精度が高い、新しいタイプの時計を作ることができるでしょう」と主張しています。

また、時間だけではなく地球の重力場を精密に分析し、鉱物資源や地震の兆候を検出する役に立つ可能性もあるほか、「自然界の定数は本当に定数なのか?」という疑問の解明にも応用できるかもしれないそうです。シュム氏は、「私たちの測定方法はほんの始まりに過ぎません。これでどのような結果が得られるのかはまだ予測できませんが、とてもエキサイティングなものになることは間違いないでしょう」とコメントしました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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