オランダ発のスマートフォン「フェアフォン」が、一部で熱狂的な支持を集めている。最大の特徴は、ユーザー自身がドライバーなどで部品を修理・交換できることだ。コンサルタントの山口周さんは「創業者らは『私たちがやっているのは、修理する権利を取り戻すという社会運動だ』と説明している。こうしたクリティカル・ビジネスは、今後急成長する可能性が高い」という――。

※本稿は、山口周『クリティカル・ビジネス・パラダイム 社会運動とビジネスの交わるところ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

2024年2月27日、バルセロナで開催された通信業界最大の年次総会、モバイル・ワールド・コングレス(MWC)において、オランダの電子機器メーカー、フェアフォンが最高経営責任者(CEO)に就任したばかりのレイニア・ヘンドリクスが携帯電話を披露した。
写真=AFP/時事通信フォト
2024年2月27日、バルセロナで開催された通信業界最大の年次総会、モバイル・ワールド・コングレス(MWC)において、オランダの電子機器メーカー、フェアフォンが最高経営責任者(CEO)に就任したばかりのレイニア・ヘンドリクスが携帯電話を披露した。

巨大スマホ市場で存在感を放つスタートアップ

2023年5月下旬のある日、私はオランダの首都、アムステルダムを訪れていました。

オランダからデンマークへと巡りながら、欧州の中でもひときわ先進的なサステナビリティに関する取り組みを推進する企業のリーダーたちとの対話を通じて「ビジネスの未来」について考える、というのがツアーの目的です。

ツアーで訪問するリサーチ対象の候補となった会社の一つに、2013年にアムステルダムで創業されたスマートフォンのスタートアップ、フェアフォンがあります。現在、日本ではサービス展開をしていませんが、欧州では着実にファン層を形成し、市場において一定の存在感を示すまでに成長しています。

言うまでもなく、スマートフォンは、アップルやサムスンといった強大な企業がしのぎを削る非常に競争の激しい市場です。そのような市場に、資金力でもブランド力でも技術力でも劣るスタートアップが参入し、10年のあいだ生き残る……どころか一定の存在感を示すまでに成長しているのです。

彼らはどのような価値を提供することで、この競争の激しい市場において、一角を占めることができたのでしょうか?

フェアフォンが市場に提示しているのは「ライフサイクルを長期化することで資源・環境に関する負荷を低減する」というビジョンです。具体的に、既存のスマートフォン・メーカーとの主な違いは次のような点になります。

顧客が得をするようなものを何一つ提供していない

サステナブルな設計
モジュラーデザインを採用し、ユーザー自身が部品を容易に交換・アップグレードできるように設計することで、製品のライフサイクルを延ばし、廃棄物の削減に貢献する

リペアラビリティ(修理しやすさ)
既存の多くのスマートフォンが接着剤の使用や構造の複雑性等の理由によって修理が事実上不可能なものがほとんどである中、ユーザー自身によって容易に修理できるようにする

透明性
部品の原料供給元や製造過程、コスト構造などを公開することで、企業の透明性を高める

サプライチェーンのフェアネス
供給チェーン全体にフェアネスを求める。鉱山労働者の権利を尊重し、紛争地域での資源の採掘を避けるために取り組む

ビジョンとミッション
企業の目的を、単にスマートフォンを売ることではなく、電子製品の生産と消費に関連する社会的・環境的な問題に取り組むことに置く

これらのフェアフォンによる取り組みを並べてみて、奇妙な特徴があることに気づかれたでしょうか? そうです、これらの取り組みのうち、何一つとして、マーケティングが非常に重視する「顧客便益」の向上につながるものがないのです。