多くの人々が毎晩、返せる見込みのない負債を負っています —— それが睡眠負債です。

そこで生まれるのが「睡眠を取り戻す」という発想。

週末の寝だめといった方法で、私たちは不足した睡眠時間を補おうとします。しかし、こうした方法は睡眠不足による健康上のリスクから、本当にわたしたちを守ってくれるのでしょうか?

これまでの研究では結論が分かれています。ただ、専門家の話と合わせると、睡眠を取り戻すことはできそうなものの、簡単ではなさそうです。

なぜ睡眠負債を取り戻すのが難しいのか?

精神科医で睡眠医学の専門家アレックス・ディミトリウ(Alex Dimitriu)博士は、睡眠は取り戻せるとの考えを持っているものの、「それは睡眠負債を急激に増やしていない場合に限る」としています。

1時間の睡眠負債は、1時間の失われた睡眠時間を意味します。

Menlo Park Psychiatry & Sleep Medicineの創設者でもあるディミトリウ博士はInsiderのインタビューに、次のように述べました。

睡眠負債が多ければ多いほど、それを取り戻すのにかかる時間は著しく増え、完全に取り戻すことはできなくなるでしょう。睡眠負債を抱え過ぎないことが重要です。

American Academy of Sleep Medicine Foundationの元プレジデント、ジェームズ・A・ローリー(James A. Rowley)博士は「長期的に十分な睡眠が取れていないと、肥満や心血管疾患、がんのリスク上昇、免疫機能不全といった健康問題につながる可能性がある」ことから、睡眠負債を抑えることが大切だと話しています。

睡眠負債と回復にかかる時間に関する興味深い研究結果で、睡眠負債が1時間生じるたびに、完全に回復するには7~9時間の質の高い睡眠を4夜連続で取る必要があることがわかりました。

つまり、毎晩7時間の睡眠を必要とする人が平日に6時間しか眠れないと、週末には5時間の睡眠負債を抱えていることになり、この研究結果に従うと、完全に回復するには20日間連続で質の高い睡眠が必要になります。

だとすると、週末に2~3時間寝だめしたところで、恐らく回復には至らないということです。

ローリー博士は以下のように話しています。

週末に睡眠時間を1~2時間増やすことはできても、それで1週間分の睡眠不足を補うことはできません。

1963年には、当時17歳の少年が11日間眠らずに起きているという実験を行ないました。少年は一時的に吐き気と記憶障害に見舞われたものの、14時間眠ると元に戻ったように感じたと語りました。

ディミトリウ博士は、このような実験は誰にも繰り返してもらいたくないとしたうえで、長時間睡眠が慢性的な睡眠不足の人の健康リスクにどのような影響を与えるのか、さらなる研究の余地があると話しています。

ただ、睡眠をしっかり取れるのが週末だけなら、「何もしないよりは週末に(睡眠時間を)増やした方がいい」とストックホルム大学の生物心理学教授はInsiderに語っています。

では、1日の睡眠時間が6時間を下回っている場合、どうしたらいいのでしょうか。

睡眠負債の返済方法

睡眠負債の返済は、クレジットカードの返済に似ています。全部またはできるだけ多く返済することで、負債を増やし過ぎずに済むのです。

つまり1週間分の返済を週末まで待つのではなく、1~2時間睡眠を失った時点で昼寝20~30分がベスト)をするなり、次の日の夜に十分な睡眠を取るなりして、すぐに埋め合わせするよう心がけましょう。

ただ、一番重要なのは自分の睡眠スケジュールを定め、それを守ること

概日リズムを維持するためにも「規則性とリズムが大切です」とディミトリウ博士は話しています。

体内時計と呼ばれることもある概日リズムは、体温調整、ホルモン制御、記憶力、集中力、そして睡眠といったからだの重要な機能に影響を与えます。

一定の睡眠スケジュールを守る——毎日同じ時間に眠り、同じ時間に起きる——ことは、健全な概日リズムを維持する方法の1つで、それはより健康な自分を維持することにもつながります。だからこそ、週末に寝だめするよりも昼寝をする方が良いのです。

確かにこれは「言うは易く行なうは難し」で、誰もが睡眠時間を増やすためにスケジュールを変えられるわけではありません。

たとえば、夜間勤務をしている人や複数の仕事を持っている人、朝早く子どもたちを送り出さなければならない人は、睡眠負債を抱えがちで、失われた睡眠時間を取り戻すために柔軟に対応するのは難しいものです。

そうした場合は、できるだけ長く睡眠時間を確保できるよう力を尽しましょう

「こうした環境では、1日あたり15分睡眠時間を増やすだけでも大きな違いが生まれることもあります」とローリー博士は話しています。

既存の枠にとらわれない方法を試してみる価値もあるでしょう。

たとえば、最近のある研究では、週5日勤務を週4日勤務に切り替えたところ、1日の睡眠時間が7時間以下だと答えた人の割合は42.6%から14.5%に減ったといいます。

忘れてはならないのは、睡眠は贅沢ではなく、必要不可欠なものであるということ。

「睡眠は、食事や運動と同じように見なされるべきです。健康を支える柱の1つで、食事や運動と同じく優先されるべきものなのです」とローリー博士は話しています。

執筆: Kelly Burch/訳: 山口佳美

Source: Menlo Park Psychiatry & Sleep Medicine(1,2), CDC, AASM, Oxford Academic, NIH, Current Biology, npr, WILEY Online Library, PLOS ONE,

BUSINESS INSIDER JAPANより転載(2023.11.25公開記事)