近年は、コンプライアンス経営やワーク・ライフ・バランス、賃金上昇の重要性などの普遍的な考えが、労使間共通の“当たり前の認識”として一般化されるようになっています。しかし多くの場合それは上場企業を中心とする大企業の話であり、中小企業では、そのような状況であるとはいい切れないのが現実――。

労務トラブルから会社を守れ!:労務専門弁護士軍団が指南!実例に学ぶ雇用リスク対策18』(中村博 監修、白秋社)の著者は、そう指摘しています。弁護士の立場から見ると、中小企業にはまだまだ昭和の時代の古くさい労働慣行や男女格差、非正規雇用従業員に対する差別的な認識などが残っているというのです。

だからこそ、大企業では想定できないような労使問題が数多く発生しているのかもしれません。事実、トラブルの原因は多くの場合、中小企業の経営層が、労働関係の法律そのものの成り立ちをきちんと理解できていないことにあるようです。

また、職場内における労使間の意思疎通の不十分さにも問題が。従業員が少なく規模も小さい中小企業では、ワンマン社長に逆らえない経営者層と、彼らに対して無駄に抗おうとしない労働者との関係があったりするわけです。

こういった状況において労使間の意思疎通が上手くいかず、社内での課題共有が進んでいない中小企業が未だに多く存在しているというのが現実です。

そして今、そのような中小企業で最も求められるのは、何といっても経営者層の「意識改革」。これしかありません。(「はじめに」より)

そこで、企業経営者層の方々の「労務マネジメント」についての意識改革のきっかけとなることを目的として書かれたのが本書。具体的には、“いま、経営者が注目すべき18のトラブル事例”を挙げ、それらについて解説しているのです。

きょうはそのなかから、「ハラスメント」の問題に焦点を当てた「どこからがハラスメントなんですか?」に注目してみたいと思います。

ハラスメントとは

一般的に、受け取る側の主観的判断として、なんらかの苦痛を感じた場合に「〇〇ハラスメント」などといわれることが多くあるもの。

なかでもすぐに思い浮かぶのは、「セクシュアルハラスメント」と「パワーハラスメント」ではないでしょうか。

この2つについて、著者は次のように説明しています。

セクシュアルハラスメントは、①職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否したことで解雇、降格、減給などの労働条件について不利益を受けること(対価型セクシュアルハラスメント)と、②性的な言動が行われることで職場の環境が不快なものになったため、労働者の能力の発揮に大きな悪影響が生じること(環境型セクシュアルハラスメント)をいうものとされています(男女雇用機会均等法第11条第1項)。(233〜234ページより)

パワーハラスメントは、①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③その雇用する労働者の就業環境が害されることをいうものとされています(労働施策総合推進法第30条の2第1項)。(234ページより)

また、法律上の損害賠償責任を負うようなハラスメントとは、不適切というレベルを超え、違法との評価を受ける場合に限られているそう。

したがって、従業員から「××さんの△△行為は、〇〇ハラスメントである」などと相談を受けた場合でも、「それが法律上のハラスメントに該当するようなものであるか否か」という点を踏まえ、場合によっては専門家に相談したうえで対処する必要があるそうです。(233ページより)

教訓と対策:事前の対応

ハラスメントは、職場における労働生産性にも大きくかかわってくるところであり、会社の経営者側からしても、発生を防止しておく合理的な理由があります。

特に、人材の確保が難しく、少人数でのチームワークを発揮して利益を上げていくこととなる中小企業においては、ハラスメントの発生を防止することが大変重要な課題となります。(236ページより)

上述のように、「ある行為が法的にも違法なハラスメントか否か」の判断はきわめて難しいところではあります。しかし会社側としては、「違法とはいえないハラスメントさえも許さない」という確固たる姿勢を示すことが重要。

そこで大切なのは、日ごろから従業員への研修を行い、従業員および社外へ向けた通知によって会社としての方針を明確にしておくこと。そうすれば、トラブルを事前に防ぐことが可能となるわけです。

また、社内や社外に相談窓口を設置しておけば、裁判とならずに解決が可能となる場合があるようです。著者は近年、社外の通報窓口を弁護士事務所に依頼したいという相談が増えているように感じているのだとか。

なお、その際、すでに顧問弁護士となっている者は、将来的に会社の代理人を務める可能性があるために利益相反の可能性があることから、顧問弁護士とは異なる弁護士を従業員の窓口としておくことが有益と考えられます。(236〜237ページより)

当然のことではありますが、あくまでもフラットな視点に立つ必要があるということです。(236ページより)

教訓と対策:事後の対応

どれだけ万全を期していたつもりでも、思いがけないとトラブルが起きることは往往にしてあるもの。万が一、「こんなことが起きるとは」ということになってしまった場合には、さらなるトラブルを防止するため、慎重な対応が求められます。

なぜなら事案によっては、調査それ自体がセカンドハラスメントとなってしまうこともありうるから。そのため、調査の結果次第では、なんらかの懲戒処分を行うことも考えられるそうです。(237ページより)


スペースの事情があるためここでは取り上げていませんが、実際には個々のトラブルについて多くの具体的事例が紹介されています。そのため読者は、自社の問題と照らし合わせながら問題解決を目指すことができるはず。本書を通じて旧来的な認識をアップデートし、自社の労務リスクを少しでも減らしていきたいものです。

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Source: 白秋社