本書で言うバイアスとは、心理学の分野における「認知バイアス」のことです。これは、人間が自分のまわりの物事を認識する際の歪みのことです。

これは最近、広く一般に知られるようになってきました。本書では、認知バイアスという観点から、さまざまな企業不祥事や倒産の事例を解釈する試みをおこないます。

バイアスによる意思決定の歪みの積み重ねが、会社を揺るがす大問題に繋がることがあるためです。(「まえがき」より)

リーダーのための【最新】認知バイアスの科学』(藤田政博 著、秀和システム)の冒頭にはこう書かれています。

見逃すべきでないのは、バイアスを完全になくすことはできないと指摘している点。なぜならバイアスは、私たちの認知の仕組みに深く組み込まれているからです。

人間の認知の仕組みは、生き延びるためにあるもの。生き延びるためには、正確に認知することよりも、“生きるのに必要な行動”を短時間で起こせることが求められます。そのため、認知として必ずしも正確でないものでも、“生き残るのに不利でないもの”は残ってきたわけです。

とはいえ古代の環境ならまだしも、複雑で大規模な組織によって仕事が行われる現代社会では、バイアスが絶望的な失敗につながる可能性も出てきているはず。

企業や組織においては、リーダーが集団の意思決定をおこないます。組織では各階層にリーダーがいて、その階層の重要な方向づけをおこないます。

その際の情報収集や判断がバイアスの影響を受け、かつ修正されなかったら、組織の行先を誤るかもしれません。(「まえがき」より)

だからこそ、リーダーはバイアスについて知っておく必要があるということ。そんな考え方に基づく本書のなかから、“日常的に起こりやすく、組織を働きにくい環境に追いやる可能性のあるバイアス”を紹介した第3章「身近に潜む組織に悪影響な20のバイアス」のなかから、2つのトピックスを抜き出してみましょう。

「貢献度の過大視」はメンバー間の不協和を起こす

著者は“組織内をギスギスさせるバイアス”として、「貢献度の過大視」を挙げています。「自分ばかりがんばっている(みんなはあまりがんばっていない)」というもので、リーダーのみならずメンバーも陥りがちなのだとか。

それは会社に限らず、学生のサークルなどでもよく起きることかもしれません。とはいえ会社の場合は評価に関わってくることもあるので、笑い話では済まなくなることも考えられそう。とくにチームで目標を達成しようという場合、メンバーがこのバイアスに陥っていたら気をつけなければならないでしょう。

貢献度の過大視は、自分がすごく貢献したという気持ちがあるときに、正確にどれぐらい貢献したのかを数えてみることが対策に繋がります。

数えられない仕事の場合は、そこに関わったほかの人たちの意見も聞いて、総合的に判断するのがよいでしょう。リーダーであれば、ミーティングの機会を効果的に使ってみましょう。自分にもメンバーにも有効です。(119ページより)

自分は自分の行動をすべて見ているので、自分がやったことはわかるでしょうが、ほかの人がやっている部分はなかなか見えないものです。すると自分の見ている範囲内でしか物事を把握できないため、「自分はがんばっているけれど、ほかの人はやっていない」という考えになりがち。

逆にいえば、「ほかの人は、自分が見えていないところでも、なにかやっているのかもしれない」と考えることが、貢献度の過大視の対策になるわけです。(118ページより)

「妥当性の意錯覚」が過信につながる

自分の予測に対して過剰に自信を持ち、「当たっているだろう」と強く思うことはよくあるものです。実際にはそれほどあてにならない自分の予測に対して、過度の自信を持つというバイアスで、これを「妥当性の錯覚」と呼ぶのだそうです。

たとえば仮説を立てて行動するときに、その仮説がはずれた場合は切り替えられればいいのですが、必ずしもそうなるとは限りません。仮説を過信し、固執してしまう危険性もあるわけです。つまり、自説が当たっている確率を、客観的に捉えられなくなるということです。

このことに関連し、著者はこれで失敗した有名な話を引用しています。

幼稚園や小学校のころに「勇気一つを友にして」を歌った覚えのある方は多いでしょう。有名なギリシャ神話の一節をもとにした楽曲です。

これは、蝋で固めた翼で空を自由自在に飛んでいたイカロスが、やがて自らの力を過信し、どこまでも飛べると思って太陽に近づいたら、蝋が溶けて翼は散り、海に落ちて死んでしまったという話です。やはり、自説の妥当性を検証することは大事なのです。(128ページより)

シンプルな対策として記憶にとどめておきたいのは、誰かに相談して意見を聞くこと。しかもその誰かは、自分の考えになんでも「Yes」といってくれる人よりは、冷静に是々非々で意見をいってくれる人がよいようです。

上記の楽曲の歌詞では触れられていないものの、じつはイカロスも父親から「高く飛ぶと太陽の熱で蝋が溶けてしまう」という忠告を受けていたのだといいます。つまり冷静にそれを聞き入れていれば、失墜せずに済んだわけです。

リーダーは、このイカロスの父親のように、きちんと自分に忠告してくれる人を身近に持ち、必要に応じて聞き入れる姿勢が必要になります。(128ページより)

これは、ワンマン社長と、それを囲むイエスマンたちの危険性にもあてはまるようです。たとえば、少し前に世間を賑わせた損保ジャパンやビッグモーター、レオパレス21も、最終的には会議の形をとっていたはず。そこで「社長、お言葉ですが」といえる部下がいたら、そしてその忠告を社長が聞き入れていたら、結果は違っていたかもしれないわけです。

当然のことながら本人は自分の仮説を信じたくなるものですが、もし自分への忠告を受けた場合、リーダーはイカロスの父親の話を思い出すべき。著者はそう述べています。たしかに、そうした客観性を持つことは重要なのではないでしょうか?(127ページより)


著者は関西大学社会学部教授で、社会心理学を現実社会に応用する研究をしている人物。ただし本書は学術書ではなくビジネス書なので、わかりやすさ、読みやすさを重視しているといいます。

厳密性よりも実用性、勢いやおもしろさを重視しているというだけあって、無理なく読み進めることが可能。リーダーとしてよりよい環境をつくっていくために、大いに役立ってくれることでしょう。

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Source: 秀和システム